現在の国道246号線の車道上を渋谷〜玉川間にて、明治40年(1907年)から昭和44年(1969年)まで路面電車が運行して居りました。元々玉電は、多摩川の河川敷で採れる建築資材としての砂利を運ぶための「トロッコ列車」でした。多摩川から現在の「瀬田交差点周辺」と「池尻大橋付近」の急勾配は人の力だけで重い砂利を運ぶには、相当無理が有ったようです。玉電は地元の住民の交通機関だけでなく、都会の発展にも大変貢献していました。
当時の玉電は、渋谷から17つの駅に停留し、玉川間を往復しておりました。現在のジュエリーオグラ前の首都高橋脚のある辺りが、「上馬駅」でした。そんな玉電も首都高3号線の開通を急務に迫られ、廃止に追い込まれることになりました。写真は昭和44年5月、廃止2日前から運行された「上馬駅」に停車中の「さようなら玉電」花電車です。廃止直前の運賃は、大人も子供も前線共通(どこで乗り降りしても)1回20円でした。その後現在、皆様がご利用されている「地下鉄 新玉川線」(現在の田園都市線)となり、昭和52年4月に開通、スピードアップし、大変便利になり今日に至っております。 |